大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和24年(つ)485号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

(理由)

辯護人杉村逸楼の控訴趣意第一點についてそもそも裁判所の事物管轄は、事件の種類輕量によつて公訴を受くべき第一審裁判所を定めたもので、裁判所が事物の管轄權を有することは訴訟條件であるから、事物の管轄權を有しない裁判所に提起した公訴は訴訟條件を缺如するものとして、形式的訴訟繋屬を生ずに止まり、もとより實體的訴訟繋屬を生ずるものでないことは刑事訴訟法第一四條に「裁判所は管轄權を有しないときでも、急速を要する場合には事實發見のため必要な處分をすることが出來る」旨規定し、以つて裁判所が管轄權を有しないときは、急速を要する場合を除いては、事件について、何等の處分をなし得ないことを明かにしているのに徴して明白である。從つて裁判所は事物の管轄權を有しない事件について公訴の提起を受けた場合は實體的審理に入ることはできないのであるからすべからく、刑事訴訟法第三二九條本文の規定により判決で管轄違の言渡をしなければならない。そして公訴の提起は起訴状を提出するのであつて起訴状には公訴事實及び罪名を記載し、かつ、公訴事實は訴因を明示し、罪名は適用すべき罰條を示して記載しなければならないので裁判所の事物の管轄は起訴状に記載された訴因と適用すべき罰條を示した罪名とによつて特定するものと解さなければならない。そこで、かような起訴状に現れた公訴につき、事物の管轄を有しない裁判所は檢察官において事件をその裁判所の管轄に適合させるように、訴因罪名の變更の請求をしたとき、たとい、その變更した訴因が公訴事實の同一性を害しないものと認めてもこれを許して實體的審理に入ることはもとより許されないものといわなければならない。從つて、刑事訴訟法第三一二條第一項にいわゆる「裁判所は檢察官の請求があるときは公訴事實の同一性を害しない限度において起訴状に記載された訴因又は罰條の追加撤回又は變更を許さなければならない。」旨の規定は無制限のものではなく裁判所に事物の管轄權がある等訴訟條件が具備していることを前提として適用せらるべきものであつて訴訟條件が缺如しているが如き場合にも適用さるべきものでないことが了解されるであろう。

今本件記録を調査すると起訴状には、公訴事實として「被告人等は共謀の上昭和二四年五月三日午前一時頃諫早市東小路町六九五番地洋服商田中常雄方附近において岩本斗喚及び田中某より同人等が窃取した鼠色縞紡毛背廣地三碼外四九點の運搬を依賴せられその情を知り乍ら同所より同市二四〇番地山口年男方迄携帶運搬したものである」と訴因を明示し、罪名として「賍物運搬」、罰條として「刑法第二五六條」と記載している。そして原審第一回公判において、檢察官は右の起訴状を朗讀した上口題で右の公訴事實の訴因を「被告人等は岩本某外一名と共謀の上昭和二四年五月二日午前一時頃諫早市東小路町六九五番地洋服商田中常雄方において同人所有の鼠色縞紡毛背廣地三碼外衣類四九點を窃取したものである」、と罪名を「窃盜」罰條を「刑法第二三五條」と變更する旨請求し原裁判所は辯護人の異議を排斥してその変更の請求を許した上審理を進め次で第二回公判の證據調の過程において檢察官は「本件が窃盜罪でなければ賍物の運搬をしたものである。」と起訴状どおり訴因・罪名・罰條を追加する旨請求し、原裁判所は更に辯護人の異議を排斥してその変更を許し審理をした上、「被告人等は昭和二四年五月三日午前一時頃岩本某・田中某等と共謀し同人等の諫早市東小路町六九五番地洋服商田中常雄方に侵入し其所有の鼠色縞紡毛背廣地三碼外衣類四九點を窃取するに當り賍品を運搬してこれを幇助したものである。」と判示しこれを刑法第二三五條第六二條に問擬しているのである。ところで本件起訴状記載の訴因を明示した公訴事實及び適用すべき罰條を示した罪名に徴すると本件が賍物運搬罪について原簡易裁判所に公訴の提起をしたものであることが明白であるが、賍物罪が簡易裁判所の事物の管轄に屬しないことは裁判所法第三三條第一項第二號の規定により疑を容れないところである。すると、原裁判所は前記説示の理由により本件については訴因罰條の変更を許して實體審理に入ることなく刑事訴訟法第三二九條本文に依りその管轄違の言渡をしなければならないのに拘らず、これが審理をし判決をしたのは違法で原判決は破棄を免れない、この點の論旨は理由がある。尤も原判決は訴因の変更を許す所以は訴訟經濟に適合させるためである趣旨の説示をしているのであるが、その変更を許す所以が訴訟經濟に適合せしむる精神に基くものであることは、もとより異論のないところである。しかしその変更を許すべきは實體的訴訟繋屬を前提とするものであることは前掲説示に徴し了解できるであろう。もし、それ事物の管轄權を有しない裁判所に提起した事件について、すべて、公訴事實の同一性を害することがなければ、訴因、罰條の変更を許すべきものと解するにおいては、例えば檢察官が強盜罪をも簡易裁判所に管轄權が有るものと誤解して此れを同裁判所に公訴の提起をした場合、或は自らの誤りを糊塗するため、その管轄に適合させるものの如く、窃盜とその訴因の変更を請求し、又橫領罪、詐欺罪その他幾多の事件について同樣の公訴の提起をし、しかも同樣訴因の変更の請求をなすが如き場合、裁判所は公訴事實の同一性を害しない限度において、すべてこれを許さなければならない結果を招來し、しかもこれ等の事件について實体的審理をした結果、當初の起訴状記載の公訴事實が認められるにおいては更に管轄違の言渡をせねばならなくなるであろう。かくては訴訟經濟に適合し得るといい得るであろうか。のみならず事件の種類、輕重によつて事物の管轄を定めた裁判所の管轄に關する規定の精神は、ついに沒却されるに至ることは、まことに火を見るよりも明かであるといわなければならない。あにかかる理あらんやといいうるところである。なお訴因、罰條の変更は審理の發展經過において生ずるのを通例とするところで、起訴状朗讀直後に、これをなすが如きは、公訴提起後、捜査官において更に捜査を遂げた結果に基因する場合を除いては異例に屬するものと認められるのである。そして、記録を精査すると本件は昭和二四年五月二五日の起訴にかかりその公訴の提起後捜査官において新たに捜査をした形跡は全然認められないのみならず前掲、説示のとおり本件第二回公判の證據調の過程において檢察官が當初の起訴状の訴因罰條に追加する旨陳述している經過に鑑みるときは、檢察官は當初賍物罪も簡易裁判所の事物の管轄に屬するものと誤解し本件起訴に及んだものと推認されないことはないところであり、かたがた本件は公訴提起以來被告人が窃盜の事實を否認し、賍物を運搬したものであると極力辯解しているのであつて、原判決も前に掲記したように、被告人等は岩本某、田中某等と共謀し、同人等の云々、賍物を運搬してこれを幇助したものと判示しているのであつて、その前段において窃盜を共謀したと判示し、その後段において、賍品の運搬をして幇助したものというのであつて、判示自體理由にくいちがいを來しているのである。これ等はとりもなおさず、強いて本件訴因の變更を許した結果招來した誤りでないかとの憾を強くさせるところである。以上の理由により辯護人のその他の論旨に對する判斷を省略し、刑事訴訟法第三七八條第一號第三九七條第三九九條本文に則り主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!